前回の記事に引き続き「コースロスによるタイムロス」のお話。
今回は、前回の記事で例にあげた千直コースよりももっとシビアなロスが発生するコーナー区間でのコースロスとそれに伴うタイムロスについて具体例をあげながら検証していきます。
目次
【前回の記事】
コーナー区間でのコースロスの基本
コーナー区間における内外の差について押さえておきたいポイントは次の4点です。
- コーナー区間における実走距離はコーナーの円弧の長さに比例する
- コーナーの円弧は、各競馬場のコーナーによって異なる
- コーナーにおける内外の距離差は急なコーナーほど大きい
- 外を廻る馬が馬群についていくためには、内の馬よりも「速い速度」を維持しなければならない
競馬場のコーナーはそれぞれ形状が異なる
上の航空写真で4つの競馬場を比較してみるだけでも、コース全体だけでなく「コーナーごとに形状が異なる」ことがよくわかります。これらのコーナーの形状は、内外の距離ロスだけでなく「コーナー通過速度」や「隊列の長さ」、レースの展開(ラップタイム)にも一定以上の影響を与えるファクターとなります。
同じレース距離でも競馬場ごとにコーナー区間割合が異なる
競馬場・コーナーごとにコーナーの形状・長さが異なるのであれば、当然ことですが、同じ距離で行われるレース(たとえば、1200m戦、2000m戦)でも、コーナー形状・長さによる相違が発生します。上のグラフは、それぞれの競馬場における芝1200mコースを①スタートから3コーナー、②3・4コーナー区間、③正面直線区間ごとの距離を比較したものです(※コース形状がかなり特異な中山芝1200は除外してあります)。
実際の走破時計は、それぞれのコースの芝の軽重やコースの高低差・幅員・平時の風向き・風速といったファクターもあわさって決まりますが、一般論としてはコース全長におけるコーナー区間の割合が多いほど、レースの走破時計(勝ち馬タイム)は遅くなります。さらには、スタートから最初のコーナーまでの距離や、その形状(ラジアン(曲がり角度))は、レースの展開(やフルゲート頭数)も関係してきます。
コーナー形状によるコースロスの違い
コーナー区間による実走距離(コーナーの円弧長)は「コーナーの形状」によって決まります。それぞれのコーナーの形状は同じではありませんので、当然コーナーごとの実走距離も異なります。下の航空写真は、東京競馬場と札幌競馬場の3・4コーナー区間をGoogleマップから切り抜いたものですが、並べてみると「見た目のレベル」でコーナーの形状が異なることがよくわかります。
東京競馬場と札幌競馬場は「コーナー形状」という観点では最も対極にある競馬場といえます。東京競馬場は正面・向正面ともに直線が長いだけでなく、競馬場全体の幅員(正面直線から向正面までの距離)も大きい「日本最大規模(縦横ともに長い)のコース」であり、札幌競馬場は、正面直線・向正面ともに短く、「日本で最も円形に近い(横幅の短い)コース」であるからです。
東京競馬場の3・4コーナーの特徴
東京競馬場の3・4コーナーは区間全体で約532mほどの距離となります。ただ、上の写真において3本の→に分解したように、実際には3つの区間(①3コーナー、②3・4コーナー中間・③4コーナー)に分けて把握することができるため、コーナーにおける内外の差は相対化されやすい構造になっています。
3・4コーナー区間において、コーナーの曲がり角(ラジアン)が最も厳しいのは③4コーナー部分ですが、コーナー区間が最も短いだけでなく直後に500m以上で幅員もたっぷりある直線が待ち構えているため内・外による有利不利は相当程度相対化されると考えてよいでしょう。内・外の進路取りによる実走距離の差が最も大きくなるのはコーナーが最も長い①3コーナー区間であると考えられますが、東京競馬場でのレースが動くのは3コーナー通過後(②の区間以降)のケースが多く、他場に比べるとコーナーの内外がレース結果に影響を与える度合いは小さい(フェアなコースである)といえます。
札幌競馬場の3・4コーナーの特徴
札幌競馬場は、上でも触れたようにコース全体の形状が最も丸に近くコーナー区間の長いコースです。そのため、3・4コーナー区間の全長は533mと東京競馬場の532mとほとんど同じですが、3・4コーナーが全体として大きな半円上の形態となっています。また、最後の直線が短いため3・4コーナーからレースが動く(場合によっては向正面からレースが動く)ケースも多く、東京コースの3・4コーナーと比べると内外の差による影響はかなり大きくなります。
コーナー区間の内・外によって生じる不利
基本的な知識を整理したところで、実際のレースにおいて発生する内外の実走距離の差を具体例に沿って確認していきます。下記の航空写真は小倉競馬場の3・4コーナー(Googleマップの切り抜き)です。画像をみるとわかるのですが、小倉競馬場の3・4コーナーは同一半径(R)のコーナーが続いているのではなく、3コーナーの方がやや緩やかな曲がり角(半径の大きい円弧)となっています。右の図はこれを元に作成した検証用の仮コースです。
コーナーの内・外による距離ロス
上記仮コースにおける3・4コーナーの仕様は下記のとおりになります。
- 3コーナー円弧長(内ラチ沿い):320✕3.14✕0.25=251.2m
- 4コーナー円弧長(内ラチ沿い):220✕3.14✕0.25=172.7m
実際の小倉競馬場よりも少しだけ短い3・4コーナーということになりますが、実際のコーナーはキレイな1/4円弧をつないでいるというわけでもないと思われるので、ここは計算の便宜を優先してこの設定で解説を進めます。
この仮想小倉競馬場の3・4コーナーを馬場の2分どころ(内ラチから6m外にいったCコース仮柵地点)をまわった場合の実走距離は下記のとおりです。
- 3コーナー実走距離(内ラチから6m):260.62m(9.42mの距離ロス)
- 4コーナー実走距離(内ラチから6m):182.12m(9.42mの距離ロス)
- 3・4コーナー合計の距離ロス:9.42m+9.42m=18.84m
3コーナー・4コーナー両方の距離ロスが同じ値なったのは偶然でしたが、その結果からもコーナー角が厳しい(ラジアンが小さい)ほど外を廻る距離ロスが大きくなるということの検証にもなったかと思います。
コーナーの内外によるタイムロス(タイム損)
コーナー区間で外を廻らされると距離ロスが発生する(内の馬よりも実走距離が長くなる)というのは自明のことで、実際に関心があるのは「コーナーの外を廻ることが何秒の不利になるのか」ということになろうと思います。それをまとめたのが下の表です。
上の表の結果のポイントは下記のようにまとめることができます。
- コーナー区間で他馬よりも外の進路を選択すると「1mごとに約0.09秒」のタイムロスとなる
- 発生するタイムロスの程度は、馬の速度(当該区間の通過タイム)が遅くなるほど大きくなる
コーナーで外を廻ることで「脚を使わされる」不利
より実践的・実際的な観点でいえば、コーナーで他馬より外を廻るときの不利は「内の馬よりも早い速度でコーナーを回らなくてはならない」という点に集約されます。外を廻ることでコーナー通過のための実走距離が長くなることは「同じ速度で走っていたらおいていかれる」ということでもあるからです。
上の表は、今回検証に利用した仮コースにおけるコーナー通過速度ごとのコーナー通過時間をまとめたものです。たとえば、最内に進路を取る馬(逃げ馬)が3コーナー区間を11.6秒/1ハロンのペースで通過するのであれば、その3m外を廻ることになった馬は、11.3秒/1ハロンのペースでコーナーを回らないと「おいていかれる」ということになります。しばしば耳にすることのある「外目追走で脚を使わされた(ので直線で伸びなかった)」というジョッキーコメントのからくりはこういう事情にあるわけです。
周回コースとワンターン競馬の違い
周回コースの競馬では、ワンターン競馬と比べて直線距離が短くなるコースが少なくありません。そのため、ポジションのとれない馬が「長く脚を使う」ことを要求されるのも「3・4コーナーを外から押し上げていかないと前に届かない」ということが主な理由となっています。
長距離戦(多ターン競馬)が縦長隊列になる理由
ここまで解説・検証してきた「コーナー区間での内・外の差」が最も顕著になるのは「長距離戦」です。たとえば、天皇賞(春)では6ターン(芝コースを1周半)、最長距離の重賞となるステイヤーズS(中山芝3600m)では8ターン(芝内回りコースを2周)と、競馬場のサイズに限界がある以上長距離戦では多くのコーナーを通過しなければなりません。
たとえば、上の仮コース(1・2コーナーも3・4コーナーと同じ形状であるという前提)を2周(8ターン)した場合には、他馬より3m外を廻るというだけで「1秒近いハンデ」を背負う計算になります。後半までスタミナを温存するという観点でも他馬のすぐ外に並んで併走するのであれば、その馬の直後(の最内)にいた方がロスも小さいといえます。そのため、長距離戦ではレースが動く後半までの間は、どの馬も最内の経済コースを選択せざるを得ないことから「縦長の隊列」でレースが進んでいくことになるわけです。
2022年天皇賞(春)でスタート直後にジョッキーが落馬したシルヴァーソニックが自由に気持ちよさそうに走っていたように、馬がそういう走り方を望んでいるかどうかは別ですが、長距離戦での縦長隊列は「レース展開は人(ジョッキー)が作る」ものであるということを示す典型例といえるでしょう。